フランスでの生活は、決して華やかなことばかりではありませんでした。言葉の壁や文化の違い、さらにはフランス映画界のシビアな現実に直面しながらも、岸恵子は現地での暮らしを地に足の着いたものにしていきます。
1963年には待望の長女デルフィーヌ(Delphine)を出産。異国の地で母として育児に奮闘する日々は、彼女の人間性をより一層深めることとなりました。その後、結婚生活18年目となる1975年にイヴ・シャンピ監督との離婚を選択しますが、憎しみ合っての破局ではなく、お互いの人生と尊厳を尊重し合った円満な別れでした。
離婚後もパリに拠点を置きつつ、日本と往復しながら女優業を継続。さらに自らの体験をみずみずしい筆致で綴ったエッセイ『巴里の空はあかね雲』や自伝小説を発表し、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するなど、文筆家としての才能を開花させていきました。異国で葛藤し、自活してきた経験が、彼女の文章に唯一無二の奥行きを与えています。