経済産業省の所管する計量法において、1959年(昭和34年)以降、取引や証明において尺貫法を用いることは固く禁じられています。違反した場合には「50万円以下の罰金」(計量法第173条)が科される厳格な罰則規定が存在します。それにもかかわらず、なぜ工務店の現場や呉服業界から尺貫法が消えないのでしょうか。
都内の木造住宅施工を手掛けるベテラン大工は、現場の作業環境について次のように証言します。
「建築確認申請やお客様へ渡す図面は、法律に従ってすべて『mm』で書かれています。しかし、加工現場で木材に墨付けをするとき、職人の頭の中は完全に尺と寸です。柱の間隔は三尺(910mm)ピッチ、構造用合板は三尺×六尺(910mm×1820mm、通称『サブロク板』)、石膏ボードも同じ規格です。仮にこれをメートル基準のキリのいい1000mmや2000mmへ無理に変更すると、建材の端材が大量に発生してコストが跳ね上がり、歩留まりが著しく悪化します」
つまり、日本に流通する建材のほぼすべてが「建築の尺モジュール(910mm基準)」でサプライチェーン化されているため、単位をミリメートルに置き換えても、実態としての尺貫法を排除できない構造が存在しています。
和裁の世界でも事情は酷似しています。京都の老舗仕立師の手記や業界関係者の証言によると、和裁の鯨尺計算方法は人体と反物の黄金比そのものです。着物の反物は幅が一尺(約38cm)、長さが約三丈(約11.4m)で織られており、この生地をハサミで直線的に裁断し、身頃(みごろ)、袖(そで)、衿(えり)、おくみをパズルのように無駄なく組み合わせます。鯨尺という身体スケールに基づく目盛りを用いることで、複雑なミリ単位の小数を持ち出すことなく、裄丈や着丈の寸法割り出しが瞬時に完了する仕組みが何百年もかけて完成されているのです。
法律上も、個人の作業工程内での計測や職人同士の指示伝達は「取引・証明」に当たらないと解釈されているため、伝統産業の命綱として現場に息づいています。