彼の運命を決定づけたのは、音楽プロデューサー・小室哲哉との奇跡的な出会いだった。1990年代初頭、日本の音楽界に本格的なダンス・ミュージックを根付かせようと考えていた小室哲哉は、現場のディスコシーンを知り尽くした彼のセンスと人柄に目をつけた。こうして1992年、TRF(Tetsuya Komuro Rave Factory)が結成される。
TRFのリーダーとしてフロントに立った彼は、怒濤のヒットチャート伝説を打ち立てていく。『EZ DO DANCE』や『CRAZY GONNA CRAZY』をはじめとするメガヒット曲を連発し、ミリオンセラーを次々と達成。J-POPの歴史を塗り替える空前のムーブメントを巻き起こした。彼がフロアを煽り、重厚なビートを刻むことで、日本中の若者がダンスフロア熱に包まれたのだ。