2026年12月、日本大学理事会は競技スポーツ部「アメリカンフットボール部」の廃部を正式決定しました。この日大フェニックスの廃部理由とされたのは「違法薬物の所持・使用という重大な規律違反が部内で複数確認され、部としての自浄能力が完全に失われていたこと」でした。
しかし、この一方的な全解体処分には、当時から現在に至るまでスポーツ倫理の観点から強い非難が寄せられています。部員約200名のうち、実際に薬物に関与していたとされるのはごく一部のグループに過ぎず、大半の学生は学業と過酷なトレーニングに日々打ち込んでいた潔白な選手たちだったからです。
当時の保護者会や、第三者取材に応じた無関係な部員の手記には、生々しい無念が綴られています。
「朝から晩まで練習とミーティングに追われ、薬物など見たこともなかった。一部の上級生の軽率な行動と、大学首脳陣の後手後手の対応のせいで、私たちの4年間の汗も、就学機会も、夢もすべて無差別に奪われた」
日大アメフト部現在の状況を追跡すると、フットボールの継続を希望した一部の有力有望選手は、他大学(法政大学や桜美林大学などの他リーグ・他連盟加盟校)への編入・転籍という困難な道を模索しました。しかし、各競技連盟の規約上の制約(転校後の出場不可期間規定など)や単位互換の障壁、さらには「日大アメフト部出身」という重いスティグマ(社会的偏見)が立ちはだかり、現役を断念して一般就職へと舵を切らざるを得なかった元部員が圧倒的多数を占めています。