母親側は2003年12月、教諭と福岡市を相手取り、総額約1300万円の損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こしました。一方、自らの潔白を証明するために立ち上がった教諭側も、市教委による停職処分の取り消しを求めて提訴し、法廷での全面戦争へと突入しました。
裁判では、原告側が主張する30項目以上にわたる虐待・体罰行為について、一つひとつの事実確認が厳密に行われました。法廷に提出されたカルテの検証では、母親が「教諭の激しい体罰で生じた」と主張していた耳の傷について、医師が「自分で爪で引っ掻いたような浅い表皮剥離にすぎず、他者による強い牽引の痕跡はない」と証言。また、差別発言とされた日時において、教諭には明確なアリバイが存在することも証明されました。
2006年9月の一審・福岡地裁判決、2008年11月の二審・福岡高裁判決を経て、2013年に最高裁が上告を棄却したことで司法判断は完全に確定しました。裁判所は、母親が申し立てた体罰・暴言のほとんどを「虚偽、あるいは誇大妄想の産物」と断定。教諭の停職処分は取り消され、福岡市に対して処分の違法性に伴う給与相当額の支払いが命じられました。事件発生から決着まで、実に10年もの歳月を要した壮絶な戦いでした。