インドとパキスタンの対立理由を理解する上で避けて通れないのが、1947年8月の印パ分離独立です。第二次世界大戦後、イギリス領インド帝国が解体される際、ヒンドゥー教徒多数派地域がインド、イスラム教徒多数派地域がパキスタンとしてそれぞれ独立しました。この拙速な分割は、推定100万人以上の犠牲者を出す凄惨な宗教暴動と、数千万人規模の大難民移動を引き起こしました。
その最大の火種となったのが、風光明媚なヒマラヤ山脈の麓に位置するカシミール地方の領有権問題です。当時、カシミールの住民の約8割はイスラム教徒でしたが、藩王(マハラジャ)のハリ・シンはヒンドゥー教徒でした。帰属を巡って迷っていた藩王に対し、パキスタン側から武装部族勢力が侵攻。危機に瀕した藩王はインドへの軍事支援を要請し、引き換えにインドへの帰属文書に署名したことで、第1次印パ戦争(1947〜1948年)が勃発しました。
その後も両国は、1965年の第2次印パ戦争、東パキスタンがバングラデシュとして独立する契機となった1971年の第3次印パ戦争、そして1999年のカルギル紛争と、幾度となく大規模な軍事衝突を繰り返してきました。国連主導で引かれた停戦ラインは現在「管理ライン(LoC: Line of Control)」と呼ばれ、事実上の国境として両軍が睨み合いを続けています。