インターネット上の掲示板や一部の論壇では、昭和天皇の初会見について「占領軍に屈服し、皇室の保身のために弁明を行ったのではないか」という懐疑的な言説が散見されます。しかし、公文書や関係者の証言を丹念に照合すると、この見方は明白な事実誤認であることが分かります。
第一の証拠は、1964年に出版された『マッカーサー回想録』(Reminiscences)における最高司令官自身の記述です。元帥は初会見を振り返り、「私の前にいた天皇は、日本の元首としての最高の威厳を持っていた。身の危険を顧みず、すべてを投げ出して国民の窮状を救おうとする無私の態度は、私の心を深く捉えた」と極めて高い評価を記しています。
第二に、当時の米国務省の外交文書(FRUS)やGHQ参謀長補佐バトラー准将の報告書を見ても、昭和天皇が自己の免責を求めた記録は一切存在しません。むしろ、内務省の事前草案にあった形式的な挨拶文を退け、天皇自身の肉声で「全責任」と「食糧輸入の嘆願」を切り出したことが記録されています。
極限の窮地において自己保身を図るのではなく、組織や国民の全責任を背負い、相手の良心に訴えかける――この行動様式は、政治的駆け引きを超えたリーダーシップの典型であり、マッカーサーが抱いていた「東洋の独裁者」という先入観を完全に粉砕しました。