大河ドラマや歴史小説、マンガ、ゲームなどのエンターテインメントは歴史への関心を広げる素晴らしい入り口ですが、同時に根深い誤解やフィクションの定着を生み出す温床にもなっています。
その最たる例が「武田騎馬軍団」の突撃戦術です。大河ドラマなどでは大量の騎馬兵が地響きを立てて敵陣に突入する迫力のシーンが描かれますが、日本在来馬の体高は130センチメートル程度(現在の中型ポニー並み)であり、鎧を着た武士を乗せて高速で集団突撃を敢行することは物理的に不可能でした。一次史料を精査すると、騎馬は戦場への移動手段であり、実際の戦闘は馬から降りて槍や鉄砲を用いて戦う「下馬戦闘」が基本であったことが証明されています。
また、明智光秀の「本能寺の変」の動機をめぐる怨恨説(信長に頭を欄干に叩きつけられた、饗応役を理不尽に解任された等)も、江戸時代以降に成立した軍記物による脚色に過ぎません。同時代の一次史料には怨恨を示す証拠はなく、現在では信長の四国政策の急転換によって長宗我部氏とのパイプを断たれた光秀の政治的危機や、天下静謐を目指す中立的判断など、構造的な政策対立の観点から説明されることが学界のスタンダードとなっています。