Jリーグの鹿島アントラーズで若くして頭角を現した彼は、右サイドバックとして瞬く間に日本代表の主力へと上り詰めた。そして2010年、新天地となったドイツ・ブンデスリーガのFCシャルケ04へ移籍。世界のトップレベルが集う過酷な環境での戦いは、怪我との凄惨な闘いの歴史でもあった。
重い膝の負傷に苦しみ、絶望の淵に立たされた時期、異国の地でリハビリに寄り添い続けたのが妻の優紀さんだ。栄養バランスを突き詰めた食生活の管理から精神的なケアまで、言葉の異なる海外での生活を全面的にサポート。プロサッカー選手としてのキャリアを極限まで全うできた背景には、彼女が作り上げた揺るぎない家庭という居場所が存在していた。