だしを取った後の昆布は、すでに水溶性の旨味成分や一部の多糖類が溶け出している状態です。残された昆布の組織内には、不溶性の食物繊維であるアルギン酸やセルロース、ペクチンが緻密に絡み合っています。水分が抜けた状態でいきなり醤油や砂糖などの塩分・糖分濃度の高い調味料で煮込むと、浸透圧によって細胞内の水分が急激に外へと吸い出され、繊維が固く引き締まってしまいます。これが、家庭で作る昆布の佃煮がゴムのように硬くなる最大の原因です。
この組織の硬化を根本から防ぎ、驚くほど柔らかく仕上げる決定打となるのが「酢を入れる理由と効果」に直結する酸の働きです。調理の初期段階、あるいは煮戻しの段階で少量の酢(米酢や穀物酢)を投入すると、酢酸が昆布の細胞壁を構成する複合ペクチンを穏やかに分解・軟化させます。酸性環境下で長時間加熱することで、頑固に結合していた細胞同士の結着がほぐれ、箸でスッと切れるようなしっとりとした質感へと変化します。
さらに、加熱調理における時短と組織崩壊を狙うなら、圧力鍋で作る昆布の佃煮が極めて合理的です。通常の鍋では昆布の繊維を芯まで柔らかくするのに1時間半から2時間近く弱火でコトコト煮詰める必要がありますが、高圧力をかけることで沸点を約115〜120度にまで上昇させ、15〜20分程度の加圧時間で中心部の組織まで完全に軟化させることができます。加圧調理の段階ではまだ醤油を全量投入せず、だし汁と酢、酒のみで下煮を行い、圧力が抜けた後に調味料を加えて煮詰めていく工程を踏むと、繊維が縮むことなく味が芯まで浸透します。