類まれな天賦の才能に恵まれた前野曜子さんの音楽人生は、華々しい成功と激しい葛藤の連続でした。彼女が残した名曲の数々は、今なお色褪せない輝きを放ち続けています。
宝塚音楽学校で基礎を学んだ後、1971年に結成されたペドロ&カプリシャスの初代メインボーカルに抜擢。「別れの朝」(原曲:ウド・ユルゲンスの「夕映えのめぐり逢い」)はオリコンチャートで4週連続1位を獲得し、累計売上50万枚を超える大ヒットを記録しました。日本人離れしたハスキーな低音と豊かな表現力は、日本の歌謡界に「大人のポップス」という新たな地平を切り拓きました。
しかし、ブレイクからわずか2年後の1973年、前野さんは突如としてグループを脱退。2代目ボーカルとして高橋真梨子さん(当時は高橋まり)が加入し、グループは「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などのメガヒットを連発していくことになります。この後任への交代劇は、前野さんのその後の音楽活動に大きな転機をもたらしました。
ソロ転向後、前野さんは映画音楽やアニメソングの分野で唯一無二の存在感を発揮します。1979年に松田優作さん主演の角川映画『蘇える金狼』のテーマ曲を担当し、ハードボイルドな世界観を見事に表現。さらに1982年には、TVアニメ『スペースコブラ』のオープニング曲「コブラ」およびエンディング曲「シークレット・デザイアー」を歌唱し、ジャジーで洗練されたボーカルがアニメソングの枠を超えた傑作として後世に語り継がれることとなりました。