大東寿司のルーツを辿ると、沖縄本島から東へ約360キロメートル離れた絶海の孤島・南大東島に行き着きます。明治33年(1900年)、東京都・八丈島出身の玉置半右衛門率いる開拓団が南大東島へ上陸し、サトウキビ栽培を中心とした島づくりを始めました。このとき八丈島から持ち込まれた郷土料理「島寿司」が、大東寿司の直接の原型です。
八丈島の島寿司と南大東島の大東寿司には、興味深い共通点と地域独自の進化が見られます。どちらも保存性を高めるために魚を醤油ダレに漬け込み、当時は手に入りにくかったワサビの代わりにからしを使う文化が共通しています。一方で、使用する魚の種類やタレの甘みには違いがあります。八丈島ではメダイやトビウオ、カンパチなどが多く使われるのに対し、大東諸島近海ではサワラやマグロ、カジキが主流となりました。また、沖縄の温暖な気候に合わせてシャリの甘みやタレの風味がより力強くアレンジされ、島民のスタミナ源として独自の食文化へと昇華していきました。