「羽毛に包まれた柔らかい鳥が、頑丈な金属の塊である飛行機を壊すはずがない」と感じる方も少なくありません。しかし、物理学の法則が示す現実は極めて残酷です。運動エネルギーは「質量×速度の2乗」に比例します。旅客機が離着陸する際の対気速度は時速250〜300km前後に達し、巡航前の低空上昇中であれば時速500kmを超えることも珍しくありません。
たとえば、体重約2kgのカモが時速300kmの航空機に正面衝突した場合、機体が受ける瞬間的な衝撃力は数十トン以上に達します。これはビルの高層階から大型トラックが降ってくるような物理的インパルスであり、柔らかい有機体であっても強固な金属板を凹ませ、計器類を保護するレドーム(機首のノーズコーン)を粉砕するには十分な威力を発揮します。
航空機の中でも最も深刻な事態を招くのが、心臓部であるジェットエンジンへの吸い込み衝撃です。現代の高効率なターボファンエンジンは、毎秒数百立方メートルもの空気を巨大なファンブレードで力強く吸い込んでいます。そこに鳥が巻き込まれると、超高速で回転するチタン製ブレードが歪曲・破断し、その破片がエンジン内部のコンプレッサーやタービンをズタズタに切り裂く「アンコンテインド・エンジン破壊」を誘発しかねません。推力の急激な低下や激しい異常振動、さらには燃料への引火によるエンジン火災を引き起こすため、パイロットは乗客の安全を最優先し、直ちに緊急着陸や出発地への引き返しを選択するのです。