出川哲朗のキャリアを語る上で欠かせないのが、その意外すぎる出自と若き日の姿です。1964年2月13日、神奈川県横浜市神奈川区に生まれた彼は、明治27年(1894年)創業という130年以上の歴史を誇る老舗海苔問屋「株式会社 蔦金商店(つたきんしょうてん)」のお坊ちゃまとして育ちました。現在、実家の事業は実兄が代表を務め、出川哲朗のイラストをあしらった「元気のりのり」などの商品は横浜名物として全国的な人気を博しています。
日本映画学校(現・日本映画大学)に進学した当時の若い頃の写真は、現在のコミカルな姿からは想像もつかないほどシャープで、ロッカー風の佇まいを見せていました。矢沢永吉に強い憧れを抱き、革ジャンを身に纏って役者を目指していた青年時代の出川は、周囲からも一目置かれるスタイリッシュな風貌だったことで知られています。
同校で出会った内村光良、南原清隆、入江雅人らとともに1987年に旗揚げしたのが「劇団SHA・LA・LA」でした。出川は自ら座長を務め、脚本の執筆や公演のプロデュースに奔走。ウッチャンナンチャンがテレビ界でいち早くブレイクした後も、内村光良との強固な信頼関係は揺らぐことなく続きました。『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』や『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』への出演を契機に、役者志望からリアクション芸人のパイオニアへと舵を切ることになります。