なぜ久米宏氏は、国民的人気絶頂のなかで番組を去る決断を下したのか。その降板理由には、単なる契約満了にとどまらない複数の要因が絡み合っていました。
最大の要因は、18年半に及ぶ帯番組の生放送による精神的・体力的な限界でした。久米氏は毎朝膨大な一般紙・専門紙を読み込み、夕方からの長時間の編集会議に自ら参加。放送直前まで原稿を推敲し続けるスタイルを一切崩しませんでした。この徹底したプロ意識が、還暦を目前にした久米氏の心身を極限まで摩耗させていたのです。
さらに、政界やスポンサーからの絶え間ない圧力、1999年に発生したダイオキシン報道問題を契機とした過熱するバッシングも大きな影を落としました。権力に対して中立な立場で切り込むという番組の理念と、テレビメディアを取り巻く制約の間で激しい葛藤が続いていました。
そして迎えた2004年3月26日の最終回。平均視聴率27.2%を記録したラストシーンで、久米氏はカメラに向かって視聴者への感謝を述べた後、グラスに注いだビールを一気に飲み干して「それでは、さようなら」と告げました。この演出は、生放送特有の緊張感からようやく解放されるキャスターとしての率直な人間味と、番組の美学を象徴する語り草となっています。