離婚時に夫婦間で取り交わす取り決め文書には、大きく分けて当事者同士で作成する「離婚協議書」と、公証役場で公証人が作成する「離婚公正証書(正称:離婚給付等契約公正証書)」の2種類が存在します。インターネット上のテンプレートをダウンロードし、夫婦で署名押印しただけの離婚協議書は、法律上はあくまで当事者間の「私文書」にすぎません。
私文書である離婚協議書に「養育費として毎月5万円を支払う」と明記し、実印を押していたとしても、相手が支払いを止めた瞬間にその限界が露呈します。私文書をもとに相手の財産を差し押さえることは法律上認められておらず、強制執行を行うためには、家庭裁判所に調停を申し立てるか、民事訴訟を起こして「判決」や「和解調書」といった債務名義をゼロから取得しなければなりません。これには半年から1年以上の歳月と、数十万円単位の弁護士費用、そして精神をすり減らす出廷の手間がかかります。多くの一人親が「これ以上の裁判費用は払えない」「仕事と育児で裁判所に通う気力がない」と諦め、結果として未払いが放置されてしまうのです。
対照的に、公証人が作成する離婚公正証書には絶大な法的効力が備わっています。とりわけ決定的な違いを生むのが、文末に盛り込む「強制執行認諾条項」です。「金銭債務の履行を怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述した」という文言を記載することで、この公正証書自体が裁判所の確定判決と同等の効力を持つ「執行証書(債務名義)」となります。相手が一度でも養育費や分割払いの慰謝料を滞納した場合、裁判を一切経ることなく、公証役場で執行文の付与を受けて裁判所に申し立てるだけで、給与や預貯金口座の差し押さえを即座に実行できます。
さらに養育費の債権には、法律上極めて強力な特権が与えられています。通常の金銭債権における給与差し押さえの上限は手取り額の4分の1までですが、養育費の場合は手取り額の2分の1まで差し押さえ枠が拡大されます。加えて、過去の未払い分だけでなく、まだ支払期日が到来していない「将来分の養育費」についても継続して給与から天引き差し押さえを維持できる仕組みになっています。公正証書を作らずに相手の誠意や口約束に頼る行為は、将来にわたって数百万円から数千万円規模の養育費を踏み倒されるリスクを無防備に背負い込むことに他なりません。