物語の舞台は、平安王朝の権力が頂点を極めつつあった寛弘4年(1007年)頃の秋。平安貴族の最高権力者である関白・藤原道長が、京都・嵐山の大井川(桂川上流)で豪勢な舟遊びを催した場面から始まります。川面にはそれぞれ趣向を凝らした「和歌の舟」「漢詩の舟」「管絃(音楽)の舟」という3隻の舟が浮かべられ、各分野の第一人者たちが選りすぐられて乗り込みました。
そこに遅れて現れたのが、小倉百人一首でも「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ」の歌で知られる名門貴族、藤原公任です。道長から「どの舟に乗るか」と問われた公任は和歌の舟を選択。見事に素晴らしい一首を詠み上げて道長をはじめとする貴族たちから絶賛を浴びました。しかし、館に戻った公任は、周囲が羨む大成功を収めたにもかかわらず、「なぜ漢詩の舟に乗らなかったのか」と自らの判断を深く悔やむことになります。才能あふれる貴族たちのプライドと、道長の絶大な権勢を背景とした人間ドラマが生き生きと活写されています。
物語を正しく読み解くために、まずは主要な登場人物の力関係とプロフィールを整理しておきましょう。
- 藤原道長(ふじわら の みちなが):平安貴族社会の絶対的権力者。舟遊びの主催者として文化人たちを手玉に取り、自らの威光を天下に誇示する舞台装置として大井川の行幸を利用した。
- 藤原公任(ふじわら の きんとう):関白・藤原頼忠の長男。和歌・漢詩・音楽のすべてに超一流の才能を誇るエリート貴族。道長とは政治的に距離を置きつつも、その文化的能力を道長からも一目置かれていた。
- 大宅世継(おおやけ の よつぎ)&夏山繁樹(なつやま の しげき):『大鏡』の語り手である190歳と180歳の長寿の老人。雲林院の菩提講で道長一代の栄華を回想形式で語り合う設定。