沖縄旭琉会の構成員数は現在どうなった?激減の真相と組織の実態

沖縄旭琉会の構成員数は現在どうなった?激減の真相と組織の実態

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沖縄の暴力団史は、本土の暴力団とは異なる独自の変遷を辿ってきました。その歩みは激しい流血の歴史と組織統合の試行錯誤そのものです。

第二次世界大戦後のアメリカ統治下、那覇派とコザ派をはじめとする群小組織が乱立し、熾烈な縄張り争いを繰り広げました。本土復帰を目前に控えた1970年、本土系巨大組織(山口組など)の進出に対抗するため、沖縄の諸勢力が大同団結して結成されたのが「沖縄連合旭琉会」(初代会長・仲真朝信)です。

しかし、その後の歴史は平坦ではありませんでした。内部対立から第一次〜第四次にわたる凄惨な沖縄暴力団抗争が勃発。1990年には組織が真っ二つに割れ、「三代目旭琉会」と「沖縄旭琉会」による激烈な抗争へと発展しました。この抗争では、私服警察官や無関係の高校生が銃撃に巻き込まれて命を落とすという痛ましい誤射事件が発生し、県民世論の怒りは頂点に達しました。

泥沼の対立が続いた両組織ですが、警察の取締り強化と社会的孤立に危機感を募らせ、2011年に電撃的な和解を果たします。三代目旭琉会と沖縄旭琉会が合流し、旧沖縄旭琉会のトップであった富永清を会長に据えて組織名を「旭琉会」に再統合(一本化)しました。富永清会長の死去後も代行体制や執行部主導の組織運営が模索されてきましたが、組織の求心力低下は覆いようのない現実となっています。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。