医師になるコースではないとはいえ、東京大学理科二類から医学部健康総合科学科へ進むハードルは極めて高く、同級生の多くは研究者や厚生労働省、大手製薬企業、戦略コンサルティングファームなどの堅牢なキャリアを選びます。そのなかで、なぜ彼女は激務かつ競争の激しいテレビ局のアナウンサーを志したのでしょうか。
報道各社のインタビューや特番での告白を丹念に追うと、そこには学歴という鎧を脱ぎ捨てた、1人の人間としての強い情熱と葛藤が浮かび上がります。
高校時代は決して天才肌ではなく、東大受験を決意した際も周囲からは無謀と見なされていました。現役合格を果たせず、1年間の過酷な浪人生活を経て駿台予備学校などで猛勉強の末に理科二類へと進学した努力家です。彼女自身、過去のインタビューにおいて「1日十数時間の勉強を自分に課し、逃げ道をなくして掴み取った東大合格だった」と振り返っています。
しかし、東大に入学して直面したのは、周囲の圧倒的な才能でした。「自分は研究者として一生を捧げるタイプではないのかもしれない」という内省のなかで彼女の心を捉えたのが、幼少期から大好きだった「テレビのお笑いとバラエティ番組」でした。日刊スポーツ(2019年11月13日付)の取材に対し、藤本アナは自身について「東大医学部卒はお笑い大好き」と公言しており、現場で人々を笑顔にし、熱狂を生み出すマスメディアの力に強く惹かれていった経緯を語っています。
学生時代には雑誌『non-no』の読者モデルを務め、インターネット報道番組『AbemaNews』の学生キャスターとして原稿読みの現場も経験。自らの言葉で情報を整理し、視聴者へ正確かつ温かく伝える仕事の面白さに目覚めたことが、フジテレビ受験への決定打となりました。親や周囲の期待する「東大生らしい安定志向」に甘んじることなく、自分の心が最も沸き立つ場所へ飛び込む決断を下したのです。