ネットや週刊誌などでは長年にわたり、「いかりや長介と志村けんは不仲だったのではないか」「ギャラの配分を巡って対立していた」という噂が語られることがありました。しかし、一次資料や双方の生前の発言を丹念に検証すると、その実態は単なる対立ではなく、極めて高次元な「クリエイター同士のぶつかり合い」であったことが分かります。
志村けんさんはもともと、いかりやさんの付き人として芸能界のキャリアをスタートさせました。いかりやさんは志村さんの笑いの才能を誰よりも早く見抜き、荒井注さんの脱退に伴い、弱冠24歳の志村さんを正式メンバーに大抜擢しました。
『8時だョ!全員集合』の後半期、志村さんがメインでネタを作るようになると、緻密な計算と構成を重視するいかりやさんのスタイルと、アドリブやナンセンスギャグを信条とする志村さんのスタイルとの間で激しい議論が交わされるようになりました。これは私情のもつれではなく、「どうすれば観客をより笑わせられるか」という職人同士のプライドの激突でした。
志村さんは自著『変なおじさん』の中で、「長さんのネタ作りに対する徹底ぶりがあったからこそ、自分たちのギャグが活きた。師匠であり、越えられない壁だった」と深い敬意を表明しています。いかりやさんの訃報に接した際、志村さんが言葉を失い、カメラの前で沈痛な面持ちで深々と頭を下げていた姿は、両者の絆が表面的な噂を超えた本物であったことを雄弁に物語っています。