本楽曲を紐解く上で避けて通れないのが、「嘘つきの私」というフレーズの正体です。表面上は、パートナーに対して本音を言えずにすれ違ってしまった恋愛の破綻を描いているようにも読めます。しかし、歌詞の全編に張り巡らされたダブルミーニングと特殊な当て字(ふりがな)を精読すると、事態はより複雑な内面崩壊を示唆しています。
冒頭の「どうだっていい言(こと)を 嘘って吐いて 揺らいで」という一節において、本来「言葉」を指す漢字に「言」のみを当て、それを「嘘」と言い換える自己防衛の構図が提示されます。傷つきたくないがゆえに虚勢を張り、本心を隠して他人に同調し続ける。その結果、自分の本当の姿がどこにあるのか見失ってしまった状態こそが、タイトルにある「ゴースト(幽霊)」の定義です。
決定的な転換点となるのが、「マトリョシカ 暴いてもう一度」というフレーズです。ロシアの民芸品であるマトリョシカは、外側の人形を開けても開けても、中から同じ顔をした小さな人形が現れます。どれだけ剥ぎ取っても本当の自分に行き着かない空虚さ、あるいは幾重にも塗り固めた欺瞞。その奥底で喘ぐ「私」が求めているのは、甘い慰めではなく、鋭利な断罪です。
「嘘つきの私を 吐いて 奪って 消え去る前に」「メーデー 僕と判っても もう抱き締めなくて易(い)いんだよ」。救難信号である「メーデー」を発しながら、抱きしめられることを拒み、むしろ裁かれることを望む心理。ここには、嘘で塗り固めた自分を肯定されることへの恐怖が色濃く滲み出ています。偽りの自分を愛されても孤独は深まるばかりであり、本当の醜い自分を暴いて消し去ってほしいという、極限の自己処罰感情が歌われているのです。