浅草のシンボルとして親しまれる雷門ですが、その正式名称は「風雷神門(ふうらいじんもん)」です。門の向かって右側に「風神(風を司る神)」、左側に「雷神(雷を司る神)」が安置されていることから名付けられました。門の創建は平安時代中期の天慶5年(942年)、武将・平公雅(たいらのきんまさ)が武蔵守に任ぜられた際、祈願成就の御礼として建立したのが始まりと伝えられています。
現在の威風堂々たる姿からは想像しにくいですが、雷門は歴史上、幾度もの火災に見舞われてきました。特に慶応元年(1865年)の田原町の大火によって門が全焼して以降、明治・大正・昭和初期に至る約95年もの間、雷門は実体のない「幻の門」となっていました。当時の絵葉書や記録写真を見ても、門はなく仮設のゲートや大提灯の模型が時折吊り下げられる程度だったのです。
この荒廃した状況を打ち破り、昭和の世に雷門を甦らせた立役者こそ、松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏でした。1958年、浅草寺の第24世貫首・清水谷恭順大僧正が松下氏に山門再建の相談を持ちかけたことが契機となりました。当時、松下氏は長年苦しんでいた重い関節痛(神経痛)を患っており、浅草寺本尊の聖観世音菩薩に平癒を祈願したところ、症状が劇的に快方へ向かったとされています。
この霊験に深く感謝した松下氏は、私財を投じて門の再建と大提灯の奉納を決断。1960年(昭和35年)5月、鉄筋コンクリート造の本瓦葺き入母屋造りとして雷門は見事に復興を遂げました。大提灯の最下部にある真鍮製の銘板に「松下電器」の文字が刻まれているのは、稀代の名経営者が遺した祈りと感謝の証なのです。