その到達点とも言える傑作が、今井正監督による『仇討』(1964年映画)だ。主演の中村錦之助が見せた鬼気迫る演技は、今なお映画史上の最高峰として語り継がれている。ささいな口論から端を発した果し合いが、やがて藩の面目を保つための公式な仇討ちへと発展し、主人公が組織の都合によって追い詰められていく凄惨なプロセスを、徹底したリアルな視点で描いた。
日本映画監督協会に保管されている当時の記録や関係者の証言によれば、今井監督は武士道を美化する一切の叙情性を排したという。未公開の制作メモには、「美名に隠された集団の狂気と、逃げ場を失った個人の絶望を描き切る」という固い決意が記されていた。中村錦之助は極限状態に置かれた武士の心理を全身全霊で演じ切り、従来の英雄的チャンバラを完膚なきまでに解体してみせた。観客が目撃したのは美しき復讐などではなく、封建制という巨大なシステムが生み出した無意味な惨劇であった。