閉館をめぐる言説の中には、「汐留イタリア街自体が寂れて失敗したからホテルも撤退した」という極端な言説が散見されます。しかし、都市計画と商業開発の歴史的経緯を踏まえれば、この認識は半分正しく、半分は誤解であるといえます。
汐留イタリア街(汐留シオサイト5区)は、旧国鉄汐留貨物駅跡地の再開発において「職・住・遊が融合する美しい街並み」を目指し、統一されたイタリア風デザインガイドラインのもとに造成されました。昼間はCMやドラマのロケ地として頻繁に使われ、クラシックカーイベントなどが開催される洗練されたエリアです。したがって、街づくりの景観コンセプト自体は決して失敗したわけではありません。
盲点だったのは、商業ゾーンとしての平日夜間・休日の集客力です。新橋のオフィス街に近接しながらも、ガードレールで分断された動線や、オフィスビルとマンションが混在する落ち着いた住環境規制により、外部からの大規模な集客導線が築きにくい構造になっていました。その結果、ホテル内のレストランを除くと、周辺の路面店舗が定着しづらいというエリア特有のジレンマを長年抱えていたのです。
ホテル経営の視点から見れば、宿泊客が街に落とす消費のシナジーが生まれにくく、ホテル単独の魅力で顧客を引っ張り続けなければならないという高コスト体質を強いられていました。この「街区の構造的限界」が、契約更新時のシビアな収益シミュレーションに影を落としたことは疑いようがありません。