北陸地方を中心に出店攻勢を強めていた株式会社フーズ・フォーラス。同社が展開する「焼肉酒家えびす」は、カルビやロースを1皿280円(税抜)という破格の安さで提供し、ファミリー層から若者まで絶大な支持を集めていました。週末ともなれば2時間待ちの行列ができる光景は日常茶飯事であり、業界内では「激安焼肉の風雲児」として脚光を浴びていたのです。
しかし、その急拡大の裏側で衛生管理の安全ネットは音を立てて崩壊していました。富山ユッケ事件の経緯を振り返ると、発端は2011年4月21日、富山県砺波市の砺波店を利用した男児2名が激しい腹痛を訴え、救急搬送されたことに始まります。その後、石川県、福井県、さらには神奈川県横浜市内の店舗を利用した客からも同様の重篤な症状が噴出しました。
ゴールデンウィークの真っ只中であった5月上旬、富山県と福井県の店舗で食事をした未就学児や小学生を含む患者が次々と亡くなるという最悪の事態へと発展します。最終的に確認されたユッケ食中毒の死亡者数は5名。重症患者24名を含む計181名が発症するという、外食産業史に刻まれる大惨事となったのです。
当時の店舗スタッフや関係者の証言によると、現場の厨房では売上至上主義によるコスト削減とオペレーションの簡略化が常態化していました。急速な多店舗展開に店長やアルバイトの教育が追いつかず、肉の鮮度管理や除菌プロセスに対する危機意識は致命的なレベルまで麻痺していたと報じられています。