近年、メディアやSNSで大きく取り沙汰されるのが、エベレスト登山の商業化とそれに伴う安全危機です。かつて国家規模の遠征隊が挑んだ頂は、現在では十分な資金力を持つ一般登山者がガイドに導かれて目指す場所へと変貌を遂げました。
しかし、その挑戦には天文学的な経済的負担と、致死的なリスクが常に付きまといます。まず、挑戦者に重くのしかかるのがエベレスト登山費用です。個人で現地公募隊(コマーシャル・エクスペディション)に参加する場合、以下のような莫大な費用が必要となります。
- ネパール政府への登山許可料(入山料):1人あたり約11,000〜15,000ドル(為替や法改定により上昇傾向)
- 公募隊の参加費(シェルパサポート・高所酸素・基地設営):エコノミープランで約60,000〜80,000ドル、VIP・専属シェルパ複数名の手厚いプランでは100,000〜150,000ドル(日本円換算で約1,500万〜2,200万円以上)
- 高所装備代・国内事前トレーニング費用:約150万〜300万円
それだけの資金を投じたとしても、人間を無差別に拒絶するのが標高8,000m以上に広がる「デスゾーンの真相」です。
デスゾーンにおける大気中の酸素分圧は海面の約3分の1にまで低下します。この領域では、人間がどれほど高度順応を行っても細胞レベルでの酸素供給が追いつかず、筋組織は急速に破壊され、脳浮腫や肺水腫の引き金が引かれます。生命活動を維持すること自体が不可能であり、「滞在しているだけで毎秒死に向かってカウントダウンが進む」魔の空間です。
当時の遠征記録や登山家の手記には、現場の身の毛もよだつ現実が生々しく記録されています。
「一歩足を前に出すだけで心臓が喉から飛び出るような動悸に襲われ、数歩ごとにピッケルに突っ伏して呼吸を整えなければならない。足元には過去に力尽きた登山者の遺体が衣服の鮮やかな色彩を保ったまま横たわっているが、彼らを埋葬する余力など誰一人として持ち合わせていない」
近年では登頂適期の好天(ウィンドウ)に数百人の登山者がノーマルルートの急峻な岩場(ヒラリー・ステップ付近)に集中し、深刻な「大渋滞」が発生。デスゾーン内での長時間の待機を余儀なくされた結果、酸素ボンベの枯渇による低体温症や凍傷、力尽きての凍死事故が後を絶ちません。大金を支払ったからといって安全が買える場所では決してないのです。