なぜ、最後の組手の相手はベジータや悟飯ではなくクリリンだったのか。制作陣のインタビューや当時の制作資料を紐解くと、そこには明確な意図が見えてくる。ベジータとの別れが「ライバルとしての認め合い」であったのに対し、クリリンとの別れは「地球人としての孫悟空の終焉」を意味していた。
組手の最中、クリリンは悟空の手を握り、「お前はいつまでも若くていいな」と呟く。だが、その直後には悟空の姿はどこにもない。消えた悟空を探すクリリンに対し、亀仙人はすべてを悟ったような表情で「神龍によろしくな」と心の中で語りかける。東映アニメーションは、悟空を単なる「生きている主人公」としてではなく、地球を守り切った「神聖な守護神」へと昇華させるための物語的儀式として、クリリンとの組手を選んだ。2026年現在の考察でも、この演出のアニメーション表現としての質の高さは高く評価されている。