詩『生きる』が生まれたのは1971年。谷川俊太郎の詩集『うつむく青年』(1971年刊行、のちに代表作を網羅した各選集に収録)に収められた作品です。この時代背景と詩人のキャリアを振り返ることで、本作に込められた真意がより鮮明に見えてきます。
1931年生まれの谷川俊太郎は、哲学者・谷川徹三の長男として育ち、1952年に処女詩集『二十億光年の孤独』で文壇に鮮烈なデビューを果たしました。宇宙的な孤独と透明感あふれる叙情性で一躍時代の寵児となった谷川ですが、1960年代から1970年代にかけては、詩の可能性を拡張すべく様々な実験的試みに挑んでいました。絵本テキストの執筆、翻訳(『スヌーピー(ピーナッツ)』や『マザー・グースのうた』)、さらにはナンセンス詩集『ことばあそびうた』など、言葉の響きや大衆との接点を模索していた時期です。
1971年当時の日本は、高度経済成長の絶頂期にありながら、公害問題や安保闘争の挫折など、急速な近代化の歪みが表面化していた転換期でした。物質的な豊かさを手に入れた一方で、個人の生の実感が希薄化していく社会のなかで、谷川は「人間が呼吸し、触れ合い、生きている原点」を言葉によって再構築しようと試みました。観念的な言葉に逃げ込まず、誰もが共有できる皮膚感覚の言葉で生を捉え直すという決意が、この『生きる』という傑作を結実させたのです。