脱退発表の直後、週刊誌各社を中心に大きく報じられたのが、当時のジャニーズ事務所社長であった藤島ジュリー景子氏とのコミュニケーション不全、いわゆるキンプリ脱退 ジュリー 確執の真相でした。報道各社の取材によると、メンバーは海外展開や今後のプロデュース方針について社長直談判を求めたものの、度重なるドタキャンや面談拒否に遭い、対話の機会を奪われていたと伝えられました。
当時、旧事務所は国内のテレビ局や広告代理店との強固なネットワークに依存した「内需完結型」のビジネスモデルを主軸としていました。海外展開には莫大な投資と数年単位の現地プロモーションが必要であり、多忙を極める国内トップアイドルの活動ペースを落とすことへのリスクを経営陣が懸念したことは想像に難くありません。
しかし、ジャニー喜多川氏から直接「世界を目指せ」と教え込まれてきた平野さんらにとって、その消極的な姿勢はグループのレゾンデートル(存在意義)に関わる問題でした。「相談すらまともに受け止めてもらえない」という孤立感が、経営陣への不信感となり、退所という不可逆な決断へと向かわせた構造的な要因であったことは明白です。