この言葉のルーツは、室町時代の連歌師である宗長が詠んだ一首の短歌に遡る。「もののふの 矢橋の船は 速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」という歌がその原点だ。京都へ向かう旅人が琵琶湖を渡る際、矢走からの船便は直線距離で近道に見えるが、比良颪と呼ばれる強い突風によって船が転覆するリスクが高かった。
一方、南端の瀬田の唐橋を陸路で迂回するルートは距離こそ長いものの、確実に目的地へ到着できた。藤原定家をはじめとする歌人たちが受け継いできた古典的な表現美や風情とは異なり、この歌は旅人の安全と実用性を切実に捉えたものだった。現代の語源学においても、地理的リスクと人間の行動心理が融合した極めて合理的な故事として分析されている。