沖縄本島が北山・中山・南山の三つの勢力に分かれて覇権を争っていた三山時代、北山王国の居城として威容を誇ったのがこの城だ。とりわけ最後の北山王として知られる攀安知(はんあんち)の時代、その武勇と城の難攻不落ぶりは周辺諸国に恐れられていた。しかし1416年、中山の勢力を率いる尚巴志(しょうはし)による苛烈な侵攻を受け、城はついに落城の日を迎える。この勝利によって尚巴志は三山統一への道筋をつけ、後の統一国家である琉球王国誕生の決定的な基盤を固めた。
城内を巡ると、古生代の暗灰色の石灰岩を積み上げた「野面積み(のづらづみ)」と呼ばれる極めて強固な壁面が眼前に迫る。雨にしっとりと濡れると漆黒の輝きを増すこの異様な石垣の表情こそ、過酷な激戦を耐え抜いた防衛要塞の誇りそのものだ。自然の地形を巧みに利用した巨大な城郭構造と武将たちの悲劇的なエピソードは、今なお歴史ファンの好奇心を掻き立ててやまない。