山口県萩市の山間部に位置する雲林寺が「猫寺」と呼ばれるに至った背景には、400年以上前に遡る切ない歴史秘話が存在します。江戸時代初期の慶長9年(1604年)、萩藩(長州藩)の初代藩主・毛利輝元に仕えていた重臣・長井元房(ながいもとふさ)が死去した際、家臣たちも後を追って殉死しました。その元房には、肌身離さず可愛がっていた一匹の愛猫がいました。
主人の死を悟ったその愛猫は、城下の菩提寺である天樹院(現在は萩市南古萩町に墓所のみ残る毛利輝元の菩提寺)にある元房の墓前から一歩も離れようとせず、昼夜を問わず墓のそばで鳴き続けました。そして四十九日の法要の日、愛猫はついに主人の墓前で自ら喉を裂き、息絶えたと伝えられています。
この痛ましい報せを聞いた天樹院の僧侶は愛猫の義理堅さと忠義に深く胸を打たれ、その亡骸を手厚く葬って供養を行いました。この伝承こそが萩に伝わる「萩藩の忠猫伝説」です。そして、天樹院の末寺(本末関係にある寺)であった雲林寺が、この忠猫の霊を現代に引き継ぎ、動物たちの供養と平安を祈り続ける場所として「猫寺」の看板を掲げることになったのです。
単なる客寄せのギミックではなく、武士道と動物の純粋な絆を弔う歴史的文脈が、雲林寺の根底にはしっかりと根付いています。