西行『願はくは花の下にて』の真相|歌通りの死を遂げた劇的な最期とは

西行『願はくは花の下にて』の真相|歌通りの死を遂げた劇的な最期とは

話題沸騰中の 西行『願はくは花の下にて』の真相|歌通りの死を遂げた劇的な最期とはについて、詳しいまとめを分かりやすく掲載しています。

まずは、名歌として名高いこの一首の正確な文面と意味、そして歌の続きとなる構造を確認していきましょう。

【原歌】
「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」
(『山家集』『新古今和歌集』所収)

【現代語訳】
「できることなら、春の満開の桜の木の下で死にたいものだ。ちょうど釈迦が入滅した、あの如月(陰暦2月)の満月のころに」

単語ごとの文法とニュアンスを分解すると、西行の強い意志がより鮮明に浮かび上がります。

・願はくは:願うところは。どうか〜であってほしい(強い願望を表す副詞的表現)。
・花の下にて:満開の桜の木の下で。
・春死なむ:「死な(ナ行変格活用動詞・未然形)」+「む(意志・希望の助動詞)」。春に死のう、春に命を終えたい。
・その如月の望月のころ:「如月」は旧暦2月、「望月」は満月(15夜)。あの旧暦2月15日のお釈迦様が亡くなられた満月のころに。

なお、検索上で「歌の続き」が気になる人も多いですが、この和歌自体は五・七・五・七・七の独立した一首で完結しています。ただし、私家集である『山家集』においては、この歌の直前に「仏には 桜の花を たてまつれ 我が後の世を 人とぶらはば」(私が死んだ後の供養には仏前に桜の花を供えてほしい)という歌が並んで収められており、2首が一連の強い死生観をもって配置されています。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。