「見覚えのあるレインコート」「黄昏の駅」「二年の歳月」――。聴き手の脳裏に映画のワンシーンのように浮かび上がる歌詞から、長年にわたりファンの間では「竹内まりやの実話やモデルが存在する個人的な過去の恋愛体験ではないか」と囁かれてきました。
結論から明かすと、竹内まりや本人は過去のインタビューやメディア取材において、本作が完全な創作(フィクション)であると繰り返し言明しています。自らの日記をめくるような私小説的ソングライティングではなく、「もしも雑踏のなかで、かつて深く愛した人と偶然すれ違ったらどうなるか」という劇的なシチュエーションをプロの作家として極限まで突き詰めた結果生まれた物語でした。
それにもかかわらず実話説が根強く信じられてきた背景には、作詞を手がけた竹内まりやの類まれな観察眼があります。東急東横線の渋谷駅や代官山駅を彷彿とさせる情景描写、大人の女性が抱く「声をかけたいけれど踏みとどまる」という抑制された感情の機微が、多くの聴き手に「これは自分の体験であり、作者本人の記憶に違いない」と錯覚させるほどの圧倒的なリアリティをもたらしたのです。