近代日本の言論史において、「売国奴」としばしば同列に語られるのが戦時下の「非国民」という言葉だ。しかし、この二つには社会的な機能の面で決定的な差異が存在する。
「非国民」は、国家体制や大政翼賛の空気に従わない者を「国民の義務を果たしていない」として共同体の外へ締め出す、同調圧力の同義語だった。贅沢を禁じる標語に眉をひそめただけで隣人から指をさされるような、日常的な相互監視のツールとして機能した歴史がある。
対して「売国奴」は、共同体の内部にいながら能動的に国を破壊しようとする「内なる敵」を名指しする言葉だ。国家の危機や社会不安が高まる時期ほど、人々は複雑な社会問題を単一の悪意ある存在のせいにしたくなる。そのスケープゴート作りの心理が極点に達した時、この言葉が猛威を振るうのだ。