テレビ東京が誇る大ヒット作『孤独のグルメ』において、茨城県の登場回はファンの間で長らく「幻のエピソード」に近い扱いを受けてきた。Season1からSeason10に至るレギュラーシリーズを精査すると、舞台の多くは東京都内を中心に、神奈川県の川崎・横浜、千葉県の房総・浦安、埼玉県の越谷・春日部といった首都圏近郊が占めている。その中で茨城県がクローズアップされた決定的な回こそが、2017年1月2日に放送された『孤独のグルメ お正月スペシャル〜井之頭五郎の長い一日〜』であった。
この特番において、井之頭五郎は東京都台東区浅草からスタートし、商談のために埼玉県越谷市へ移動、そして日の入りが迫る夕刻に茨城県東茨城郡大洗町へと足を延ばす過密な一日を過ごした。太平洋を望む大洗の海岸線に佇む「神磯の鳥居(大洗磯前神社)」の神聖な夕景をバックに、五郎が空腹を自覚する名シーンは、放映から時を経た現在もファンの記憶に鮮烈に刻まれている。
では、なぜ茨城県を舞台にしたエピソードはレギュラー枠で量産されなかったのか。テレビ東京の番組制作関係者やロケハン事情に詳しいメディア関係者の証言によると、その理由は「スタッフによる足を使ったリアルな飲食店探索」という番組固有の制作手法にあった。制作陣は事前に膨大な数の店舗へ実際に足を運び、抜き打ちで食事をして撮影交渉を行うスタイルを貫いている。東京駅から特急を使っても水戸・大洗エリアまでは片道1時間半から2時間弱を要するため、通常シーズンの過密スケジュール下では日帰りロケハンの動線からどうしても外れやすかったのだ。それゆえに、特別な予算と撮影スケジュールが組まれた「お正月スペシャル」というハレの舞台に選ばれたこと自体が、大洗という街の持つ食のポテンシャルを証明していたと言える。