沖縄県出身の肥後克広は、若かりし頃に役者を志して上京し、劇団テアトル・エコーの養成所に入所しました。そこで出会った仲間たちとコントグループを結成し、1980年代後半に「ダチョウ倶楽部」が誕生します。
『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』などの過激なバラエティで頭角を現す一方、肥後克広の個人芸として一世を風靡したのが俳優・森本レオのモノマネです。優しく穏やかな語り口をデフォルメしたネタは、本人の公認を得るほどの大ヒットとなり、肥後克広の知名度を全国区へ押し上げました。
長いキャリアを持つ肥後克広の年収やギャラ事情についても関心が高まっています。全盛期の莫大なテレビ出演料に加え、現在もレギュラー番組、特番、イベント出演、CM契約、過去の版権収入などがあり、安定して数千万円規模の年収を維持していると推測されています。派手な私生活を好まず、堅実な生活を続けている点も好感度の一因です。