1978年夏、日本テレビ開局25周年記念特別番組として企画された『24時間テレビ 愛は地球を救う』は、前例のない試みとして業界内で激しい議論を巻き起こしていました。当時、テレビ界で「視聴率100%男」の異名を取り、国民的人気を誇っていた萩本欽一への総合司会オファーは、番組の成否を分ける最大の賭けでした。
日本テレビの制作陣は、単なる福祉ドキュメンタリーではなく「全国民が参加できる明るいエンターテインメント」を目指していました。その中心人物として白羽の矢が立ったのが欽ちゃんでした。萩本はオファーを受けた際、福祉をテーマにした番組が生半可なバラエティ感覚で消費されることを強く警戒し、番組趣旨や演出方針について制作幹部と徹底した議論を重ねたと当時の関係者は振り返っています。
パートナーとして抜擢されたのは、若手実力派女優の大竹しのぶ、そして当時日本テレビのアナウンサーであった徳光和夫でした。24時間テレビ 萩本欽一 徳光和夫のコンビネーションは、欽ちゃんの軽妙なアドリブと徳光アナのエモーショナルな現場リポートが見事な化学反応を生み出し、生放送ならではの圧倒的なグルーヴ感を作り出しました。
結果として、第1回放送は深夜帯を含めた平均視聴率11.0%、瞬間最高視聴率は大台を記録。全国から寄せられた募金総額は約11億9,000万円に達し、日本の福祉活動史上類を見ない社会現象を巻き起こしました。24時間テレビ 歴代パーソナリティ 萩本欽一の名は、この瞬間から番組の代名詞として刻まれることになったのです。