昭和から平成前期にかけて親しまれたテレビ朝日系の大山のぶ代時代(1979年〜2005年)と、2005年4月以降にリニューアルされた水田わさび時代を比較すると、単なる映像技術の進化(セル画からデジタル作画への移行)にとどまらない、演出方針と時代精神の劇的なパラダイムシフトが浮かび上がってきます。
昔のドラえもんは、原作者である藤子・F・不二雄先生が持っていた「SF(すこし・ふしぎ)かつシニカルな人間洞察」が色濃く反映されていました。のび太の部屋には畳の擦れや散らかった部屋のリアルな生活感があり、ジャイアンの暴力描写や先生の激しい説教、しずかちゃんの入浴シーンなど、日常の生々しさと背中合わせのギャグ描写が日常茶飯事でした。一方、現在の放送では現代のコンプライアンス基準や視聴者層(未就学児〜小学生低学年)の教育的配慮が最優先され、毒気や残酷描写は極めてマイルドに抑えられています。
初期設定の恐怖と「黄色いドラえもん」の真実
昔のドラえもんを語る上で欠かせないのが、初期設定に漂うディストピア感です。そもそもドラえもんが未来からやってきた理由は、「のび太が作った莫大な借金(会社経営の失敗による火災等)が何代にもわたってセワシたちの代まで重くのしかかり、お年玉が50円しかもらえない極貧生活を強いられている」という生々しい経済的絶望が動機でした。
また、ドラえもんが黄色かった理由についても、時代によって設定のブラッシュアップが行われています。誕生時は黄色で両耳があり、ネズミ型ロボットに耳をかじられたショックで青ざめたという設定(1995年の短編映画『2112年 ドラえもん誕生』で定着した「泣き叫び続けてメッキが剥がれ、声がガラガラになった」設定)など、子どものトラウマと愛嬌が表裏一体となった劇的な出自が描かれています。