反秦勢力の先陣争いにおいて、実力者・項羽(楚)を差し置いて、いち早く秦の首都・咸陽を陥落させたのが劉邦(漢)でした。怒り狂った項羽は40万の大軍を率いて函谷関を突破し、鴻門(現在の陝西省西安市周辺)に布陣。劉邦の陣営(覇上・10万)を一挙に殲滅しようとします。
圧倒的戦力差を知った劉邦は、項羽の叔父である項伯の仲介を頼り、翌朝わずか百余騎を率いて鴻門の項羽本陣へ直接謝罪に赴きます。「自分は都を奪うつもりなど毛頭なく、将軍(項羽)の到着を待っていただけだ」と平身低頭する劉邦を前に、項羽は機嫌を直して宴を開きます。これが「鴻門之会」の始まりです。
しかし、項羽の老軍師・范増は劉邦の野心を見抜いており、宴席での暗殺を執拗に仕掛けます。謀殺の刃が劉邦に迫る中、知略と武勇がぶつかり合う息詰まる攻防戦が繰り広げられました。