ネット上のレシピ記事や動画において、調理科学的に誤った情報が定着してしまっている事例がいくつか散見されます。その最たるものが「カレー粉を最初から入れて長時間コトコト煮込む」という誤解です。
スパイスの揮発性香気成分は熱に非常に弱く、ぐつぐつと沸騰したスープの中で30分以上加熱し続けると、高貴な芳香の大部分が湯気とともに空気中へ蒸発してしまいます。市販ルウのパッケージ裏面に「火を止めてからルウを割り入れる」と記載されているのも、ルウに含まれるデンプンの糊化を防ぐだけでなく、熱によるスパイスの劣化を防ぐためです。カレー粉を使う場合も同様に、ベースの具材に火が通った段階で加えるか、炒め工程の終盤に弱火で手早く油と馴染ませるのが鉄則です。
もう一つの盲点は、「肉を煮込むほど旨味が出る」という過信です。業務用のフォン(出汁)をとる場合を除き、一口大に切った鶏肉や豚肉を一般家庭の鍋で40分以上煮込むと、肉汁がスープに出尽くして肉質自体はパサパサに硬化してしまいます。肉のジューシーさを保ちつつスープにコクを与えるには、煮込み時間は15分から20分に留め、旨味の不足は玉ねぎのメイラード反応や昆布・トマトなどのグルタミン酸で補うのが調理理論上の正解です。