メジャー屈指の成功を収める一方で、ファンの胸を締め付けたのが2024年シーズンの度重なる故障離脱でした。キャンプイン直後の2月中旬、地元メディアが報じた「右肩後方関節包ストレイン(炎症)」の一報は、ニューヨーク・メッツファンのみならず日米の球界に大きな衝撃を与えました。
報道各社およびメディカルスタッフの報告を総合すると、この負傷の遠因は「ピッチクロック導入に伴う投球テンポの急激な変化」と「滑るMLB公式球を制御するための肩甲帯への過度な筋出力」にありました。千賀投手は当時の会見やインタビューにおいて、「指先だけでボールをコントロールしようとするあまり、肩の後背部に知らず知らずのうちに微細な代償動作が生じていた」と率直に告白しています。
慎重を期した約5ヶ月間のリハビリを経て、2024年7月26日のアトランタ・ブレーブス戦で迎えた待望の復帰登板。ファンが大歓声で迎えるなか、5回1/3を投げて9奪三振と圧巻の投球を披露した矢先、内野ゴロのベースカバーに入った際に左ふくらはぎの肉離れ(高悪性度ストレイン)を発症し、再びグラウンドに倒れ込みました。当時のベンチで見せた悔しさに満ちた表情は、現場の番記者たちの間でも深く記憶されています。
しかし、この二重の悲劇こそが千賀投手の肉体改造を加速させました。腕の力に依存しない下半身主導の連動性をゼロから見直し、重心移動のタメをミリ単位で再構築。肩関節の回旋ストレスを最小限に抑えつつ、初速と終速の差を縮める新フォームを確立したのです。この逆境から生まれたバイオメカニクスの見直しこそが、現在見せている高い制球力と故障耐性の土台となっています。