白血病と診断された当時、競泳界のエースとして脚光を浴びていた池江璃花子選手に突きつけられた現実は、あまりにも酷なものだった。抗がん剤治療に伴う激しい吐き気や倦怠感、毛髪の脱落。かつて世界を相手に鍛え上げた筋肉は落ち、自力で立ち上がることすら困難な日々が続いた。
医師団との協議の末、提示されたのが造血幹細胞移植、すなわち骨髄移植という選択肢だった。適合するドナーを見つけ出し、無菌室という隔離された空間で自己の免疫を極限まで抑えて臨む移植手術は、文字通り命がけのギャンブルでもあった。移植後の拒絶反応や感染症の危険と隣り合わせの中、彼女を支えたのは「もう一度プールに入りたい」という一筋の強い意志だった。
退院後に待ち受けていたリハビリもまた、闘病と同じくらい途方もない道のりだった。数メートル歩くだけで息が切れ、腕を上げる運動すら激痛が走る。それでも一歩ずつ前進を続けた舞台裏には、本人の執念と家族、医療チームの一体となった支えが存在していた。