長嶋茂雄の現在と健康状態は?伝説の名言や家族の真実を徹底解剖の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
1958年に立教大学から鳴り物入りで読売巨人軍に入団した長嶋茂雄氏は、デビュー戦での4打席4三振という衝撃的なスタートから一転、新人王、本塁打王、打点王の二冠を獲得。瞬く間にスターダムへと駆け上がりました。王貞治氏との稀代のクリーンナップ「ON砲」は、巨人の前人未到の日本シリーズ9連覇(V9)の原動力となり、戦後日本の高度経済成長期における希望の象徴となりました。
長嶋氏の偉大さは、単なる通算成績の数字以上に「ここ一番での勝負強さ」にあります。1959年6月25日、昭和天皇・皇后両陛下を迎えて後楽園球場で行われた日本プロ野球史上初の「天覧試合」において、9回裏同点で放った劇的なサヨナラ本塁打は、今なお球史最高のハイライトとして語り継がれています。
項目・記録公式記録・実績値当時のリーグ基準・歴代順位編集部の解説・評価実働年数・通算安打17年(1958〜1974年)
2,471安打NPB歴代9位
生涯打率 .305(歴代上位)大卒選手として史上初の2,000安打達成。安定感と爆発力を両立した大打者。通算本塁打・打点444本塁打
1,522打点本塁打王 2回
打点王 5回得点圏での驚異的な集中力。走者がいる場面での決定力は球界随一。個人タイトル・表彰首位打者 6回
シーズンMVP 5回セ・リーグ歴代最多首位打者
ベストナイン 17年連続選出入団から引退まで全シーズンでベストナインに選ばれるという前人未到の快挙。背番号・名誉称号背番号「3」永久欠番
終身名誉監督読売巨人軍制定
2013年 国民栄誉賞受賞松井秀喜氏とともに受賞。記録以上に「記憶に残る国民的英雄」として公認。