ジョシュ・ホーキンソン選手が日本帰化を決意した根底には、プロアスリートとしての野心以上に、日本という国とそこに暮らす人々に対する純粋な愛情と恩義の念が存在します。ワシントン州立大学を卒業後、2017年に来日した彼が最初に所属したのは、当時B2リーグだったファイティングイーグルス名古屋でした。文化も言語も異なる極東の島国で、右も左も分からなかった若きホーキンソン選手を温かく迎え入れたのは、地域の人々と熱狂的なブースターたちでした。
当時の特番インタビューや手記において、彼は来日当初の心境を振り返り、「見知らぬアメリカの若造だった私に対し、日本の人々は家族のように温かく接してくれた。食事や生活の細やかなサポート、そしてコート外で見せてくれる礼節と真心に、私は一瞬で心を奪われた」と率直な心情を吐露しています。特に2020年から所属した信州ブレイブウォリアーズ時代には、長野の豊かな自然、温泉文化、そして地元名物の信州そばに深く親しみ、地域社会の一員として地域活動にも積極的に参加しました。
彼にとって日本は、いつしか「出稼ぎ先」ではなく「人生の拠点」へと変わっていきました。多くの外国人アスリートが直面するカルチャーショックを、彼は好奇心とリスペクトをもって軽やかに乗り越え、日本語の習得にも並々ならぬ情熱を傾けました。関係者の証言によると、代表招集の打診を受ける以前から、彼は「この国で骨を埋めたい、日本という素晴らしい国に何か恩返しができる存在になりたい」と周囲に漏らしていたといいます。日本代表としての招集は、彼のその純粋な愛着に対する必然的な呼び声に過ぎませんでした。