「中森明菜と松田聖子は犬猿の仲だった」という言説は、昭和後期から平成初頭のワイドショーが生み出した最大のパブリックイメージの一つです。しかし、当時の音楽番組スタッフや現場マネージャーの証言を丹念に検証すると、実態は世間が思い描く「女の泥沼の戦い」とは大きく乖離していました。
1980年に『裸足の季節』で鮮烈なデビューを飾り、瞬く間にトップアイドルへと駆け上がった松田聖子。その2年後の1982年、オーディション番組『スター誕生!』を経て『スローモーション』でデビューした中森明菜。太陽のように明るく煌びやかな光を放つ聖子に対し、明菜は影を帯びたアンニュイな雰囲気とドスの利いた低音ボイスを武器にし、対照的なアイコンとして君臨しました。
メディアは好んで二人の対立構造を煽りました。「紅白歌合戦のトリ争い」「賞レースの駆け引き」「衣装の被り」など、些細な出来事すらも確執の証拠として報じられたのです。しかし、音楽関係者の取材データによると、二人が楽屋や舞台裏で直接罵り合ったり、冷戦状態に陥ったりした事実は一度も確認されていません。表面的なライバル関係の裏側には、常にトップを走り続ける孤独を分かち合える、同世代の表現者としての静かな連帯感がありました。