氣比神宮の門をくぐる前に理解しておきたいのが、その圧倒的な歴史的格式です。主祭神として祀られているのは、衣食住と海上安全の神である伊奢沙別命(いざさわけのみこと)。別名を「御食津大神(みけつおおかみ)」とも称され、古代国家において朝廷へ海産物を献上する拠点であった敦賀(古名は笥飯・気比)の象徴的な神として崇敬されてきました。
境内には伊奢沙別命を中心に、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、日本武尊、玉姫命、武内宿禰命の計七柱が祀られており、国家鎮護や皇室の守護神としても格別の扱いを受けてきました。『古事記』や『日本書紀』にもその名が登場し、武内宿禰命が幼き皇太子(後の応神天皇)を連れて参拝し、神と皇太子の名前を交換した「名替え(なづけ)の神話」は広く知られています。
「北陸道総鎮守」という称号は、古代の律令制下における北陸道(若狭から越後・佐渡に至る地域)全体の守り神であることを示しています。日本海交易の要衝であった敦賀湊を背後に控え、陸路と海路が交差する地政学的要衝にあったからこそ、朝廷からも武家政権からも別格の崇敬を集め、越前国の一之宮として君臨し続けてきたのです。