映画『千と千尋の神隠し』に登場する湯屋「油屋」の着想源として、四万温泉積善館は長年にわたりアニメファンや温泉愛好家の間で語り継がれてきました。スタジオジブリ公式の見解としては「特定の1軒ではなく、国内外の多様な建造物を参考にして作られた」とされていますが、宮崎駿監督が制作前に四万温泉を訪れスケッチを残したという逸話や、館内の構造的酷似から、主要なモデル地のひとつとして認知されています。
なかでも四万川にかかる赤い欄干の「慶雲橋(けいうんばし)」は、主人公の千尋が息を止めて渡ったあの橋を彷彿とさせます。現世と神々の湯屋を隔てる結界のような雰囲気を醸し出しており、日没後に宿の提灯が灯ると、幻想的な景観が一層際立ちます。
さらに、本館から山荘へと続く地下通路「浪漫のトンネル」は、異界へと迷い込むトンネルそのものの空気感を有しています。元禄4年の創業以来、湯治場としての役割を果たしてきた本館は群馬県指定重要文化財であり、釘を一本も使わずに組み上げられた木造3階建ての重層構造は、日本古来の温泉建築の真髄を今に伝えています。