当時の文壇において、太宰治は『斜陽』や『人間失格』へと向かう自虐と破滅の文体を確立し、絶大な人気を誇っていた。一方で、平岡公威こと若き三島由紀夫は、溢れんばかりの教養と緻密な美学を武器に台頭しつつあった。二人の面会は、亀井勝一郎を介したささやかな酒宴という形で行われた。
三島は後年、『私の遍歴時代』の中でこの夜のことを回想し、太宰の「太宰的弱さ」を自己誇示する姿勢に耐えかねたと記している。しかし、今回湧き出た新手記によれば、三島が言葉を投げかけた直後、室内の空気は凍りついたものの、太宰はどこか慈しむような目で若き三島を見つめていたという。従来の「冷ややかな拒絶」という構図とは一線を画す、心理的な綾がそこには存在した。