学校教育の現場で「明治天皇の肖像写真」として紹介されてきた代表的なビジュアルは、1888年(明治21年)に制作された公式の御真影です。肋骨服と呼ばれる大元帥の軍服を着用し、立派な髭を蓄えた厳格な風貌は、まさに近代日本の絶対的指導者としての威厳を漂わせています。しかし、この画像データ・原板の正体は、イタリアから来日したお雇い外国人技師エドアルド・キヨッソーネ(Edoardo Chiossone)が描いた肖像画を、写真館店主の丸木利陽が大型カメラで撮影した複写写真です。
大蔵省印刷局の紙幣原版彫刻師として招聘されていたキヨッソーネは、宮内省からの極秘依頼を受け、天皇の公式肖像制作に着手しました。当時、明治天皇は頑なに写真撮影を拒んでいたため、キヨッソーネは御所での公式会食の場に陪席し、物陰から天皇の容貌、骨格、視線の動かし方、癖などを鋭く観察してスケッチを重ねました。さらに、天皇が着用していた実際の軍服や装飾品を借り受けてモデルに着せ、体躯のプロポーションを割り出し、木炭とコンテを用いて巨大な肖像画を完成させたのです。
完成した絵画は、あまりの迫真性に宮内大臣の土方久元をはじめとする重臣たちを驚嘆させました。当時の宮内省記録『臨時帝室編修局史料』等の証言によると、絵画の出来栄えを見た明治天皇自身も「朕に似ている」と認めたと伝えられています。この絵画を写真術で複製し、印画紙に焼き付けることで「写真のような絵画」から「絵画を写した本物の写真」という視覚的レトリックが成立し、全国へと配布されていきました。